大判例

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仙台高等裁判所 昭和26年(う)180号 判決

原審が第二回公判に於て取調べ且原判示事実第一、第二、第八、第九及び第十の基礎となつた追起訴状には其作成年月日が記載されて居ないこと、所論の通りである。そして、起訴状は所謂刑事訴訟規則第五十八条の適用を受けることは勿論であるが、同条は公務員が作成すべき書類に関する訓示規定であつて、同条に違背する書類を総て無効とすべしとする効力規定ではない。同条の規定する方式を遵守しない書類を無効とするかどうかは、書類の性質及び作成当時における諸般の状況に照しその成立の真正なりや否やを判別することによつて決すべきものと解するのを相当とする。記録によれば、前記追起訴状は、昭和二十五年十二年二十五日附原裁判所の受付印があり、その他作成者たる検察官の署名捺印、山形区検察庁の押印もあり、その真正な成立を肯定し得ることは明白である。随つて右追起訴状は有効で追起訴もまた、有効であるから、原審が之に付いて審理判決したのは正当であつて、原判決には所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点及び第三点について。

原判決が、その判示第七、第九、及び第十の事実を認定するに付所論の盜難被害始末書(但し原判決に「盜難被告始末書」とあるのは「盜難被害始末書」の誤記と認める。)及び盜難届書(但し控訴趣意に作成者を「佐藤ハナ」としているのは「矢内ハナ」の誤記と認める。)を証拠に援用していることは所論の通りである。ところで、佐藤憲夫の盜難被害始末書及び矢内ハナの盜難届書にはその作成者の名下に押印はなく指印がなされていることはいずれも所論の通りであるが、官吏その他の公務員以外の者が署名押印すべき場合(官吏その他の公務員でもその資格においてではなく、私人の資格でする場合をも含む)に押印ができないときは指印すべきものであることは刑事訴訟規則第六十一条の規定上明かで、しかもその指印をした場合には署名ができないで他人に代書させたときと異り特にその指印が本人のものであることの証明を付しなければならない旨の規定もないのであるから、その指印が真正であるかどうかは裁判所の自由な認定に任せられているものというべきである。ところが本件において、記録を精査しても原審が右各書面の成立の真正従つて右各指印の成立の真正を肯定した点につき、経験法則の違背の廉もなく判断を誤まつたものと認められない。次に、前記各書面は之を証拠とすることにつき被告人及び弁護人において同意したものであることは原審第一、二回公判調書によつて明かであるところ、かかる同意のある書面を証拠とするに際し、それが作成されたときの情況を考慮し、相当と認めるか否か、即ち、いわゆる状況の信頼的保障があるかどうかの判定には、既存の資料によつて之をなし得る場合には必ずしも之がための特別の調査をする必要はなく、又盜難届書についてのこれの調査は、その届書の作成名義者と被害との関係を明確にしなければできないものではないから、原審が、前記三通の書面について、情況の信頼的保障有無の判定のため特別の調査をしなかつたこと、及び丹治雅子及び矢内ハナと原判示第九第十の窃盜の被害者との関係が記録上明かでないという事実があつても、そのために原審がこれらの書面を証拠としたことが違法となるものではない。而して、記録を精査するに原審がこれらの書面に情況の信頼的保障ありと認めたことにつき、経験法則の違背その他その点の判断に誤りがあるとは認められない。むしろ、佐藤憲夫の盜難被害始末書は、その記載内容及び、之と司法警察官の同人に対する供述調書と対照することにより、又丹治雅子及び矢内ハナの各盜難届書はその作成日時が各被害の翌日又は当日であること、内容は具体的かつ詳細でしかも不合理不自然の点もないこと等に徴し、かつ一面これら各書面とも記録上特に之を信憑すべからざる事情の存在も全然認められないこと等をも考えると原審がこれらの書面にいわゆる情況の信頼的保障があると認めたのは相当である。

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